高松高等裁判所 昭和48年(ネ)95号 判決 1974年11月27日
一審原告(被控訴人兼控訴人兼付帯控訴人)
大塚靖
一審原告(被控訴人兼控訴人)
大塚出
同
大塚貞子
右三名訴訟代理人
管原辰二
一審被告(控訴人兼被控訴人兼付帯被控訴人)
山内清
右訴訟代理人
菊池哲春
同
市原庄八
一審被告(被控訴人)
光井俊治
同
野井良平
右両名訴訟代理人
武田安紀彦
主文
(一) 一審原告ら三名の本件各控訴、及び、一審被告山内清の一審原告大塚靖、同大塚出に対する本件各控訴をいずれも棄却する。
(二) 原判決主文第一項中一審原告大塚貞子の一審被告山内清に対する請求を認容を認容した部分を取消す。
一審原告大塚貞子の一審被告山内清に対する請求を棄却する。
(三) 一審原告大塚靖の付帯控訴に基づき、原判決主文第一項中、一審原告大塚靖の一審被告山清に対する請求を認容した部分を次の通り、変更する。
一審被告山内清は一審原告大塚靖に対し、金三四六万八六七一円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 当審で拡張された一審原告大塚靖の一審被告山内清に対するその余の請求、及び、一審被告光井俊治、同野井良平に対する各請求はいずれも棄却する。
(五) 訴訟費用は、第一、二審を通じ、一審原告ら三名と一審被告光井俊治、同野井良平との間に生じた分は一審原告ら三名の負担とし、一審原告大塚出、同大塚貞子と一審被告山内清との間に生じた分は右一審原告ら両名の負担とし、一審原告大塚靖と一審被告山内清との間に生じた分はこれを三分し、その一を一審原告大塚靖の負担とし、その余を一審被告山内清の負担とする。
(六) この判決は、前記(三)項中金銭の支払を命じた部分に限り、一審原告大塚靖において一審被告山内清に対し、金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
一審原告ら三名訴訟代理人は、一審原告ら三名の控訴につき、一審原告大塚靖の関係で一部請求を拡張し、「原判決主文第二項以下を取消す。一審被告光井俊治、同野井良平は各自、一審原告大塚靖に対し、金五一八万七八二四円及びこれに対する昭和四六年五月月三〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。一審被告ら三名は各自、一審原告大塚出、同大塚貞子の各自に対し、各金二〇万円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共一審被告らの負担とする」との判決、並びに、金銭の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、一審原告大塚靖の付帯控訴につき、「原判決主文第一項中、一審原告大塚靖と一審被告山内清との関係部分を次の通り変更する。一審被告山内清は一審原告大塚靖に対し、金五一八万七八二四円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、一審被告山内清の控訴につき、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は一審被告山内清の負担とする。」との判決を求めた。
一審被告内清訴訟代理人は、「原判決中一審被告山内清の敗訴部分を取消す。一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共一審原告らの負担とする。」との判決を求め、一審原告大塚出、同大塚貞子の控訴につき、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は一審原告大塚出、同大塚貞子らの負担とする。」との判決を求め、一審原告大塚靖の付帯控訴につき、「本件付帯控訴及び当審で拡張された一審原告大塚靖の請求をいずれも棄却する。付帯控訴の費用は一審原告大塚靖の負担とする。」との判決を求めた。
一審被告光井俊治、同野井良平両名訴訟代理人は、一審原告らの控訴につき、「本件各控訴を棄却する。当審で拡張された一審原告大塚靖の請求を棄却する。控訴費用は一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上法律上の主張、提出援用した証拠、認否は、次に訂正付加する外は、原判決事実摘示(但し、原判決五枚目裏九行目から同六枚目表三行目までの部分は除く)の通りであるから、これを引用する(但し、原判決一〇枚目表三行目に「甲第一、二号証」とあるを「甲第一号証の一、二」と訂正する。)
(一審原告らの主張)
一、一審被告光井、同野井の責任
(一) 小学校内で発生した児童間の事故については、次に述べる通り、学校側で全責任を負うべきである。
すなわち、小学校児童の場合は、中学校以上の生徒と比べて、知能は極めて未発達であり、是非善悪の弁別能力も未熟であつて、このような小学校児童の学校内における生活を放置すれば、諸種の事故が発生することは明らかであるから、これを防止し、秩序ある平穏な学校生活を維持するのが教諭の責任であるというべきであるし、また、小学校教育は、義務教育であり、児童を就学させない保護者には罰則をもつて対処している程で、保護者の意思を抑えて児童を通学、登校させているのであるから、少くとも児童が学校内にいる間は、その指導、監督、監視の責任と義務は、担任教諭と校長にあり、担任教諭と校長は、児童の安全と健康を意識し、万一にも児童問に傷害事故など発生しないように注意すべきであつて、児童の学校内の全生活関係につき、保護者を代行しているというべきである。しかして、右のことは、小学校教育の目標として、学校教育法一八条一号で、人間相互の関係について協同の精神を養うこと、また、七号で、健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養うこと、などがあげられているところからも明らかである。したがつて、児童の学校生活において発生した事故については、教諭が全責任を負うべきである。
(二) 仮りに右主張が認められないとしても、本件事故は、学校側の監督下でなされ、かつ、それが学校生活において通常予想される性質のものであるから、学校側にも責任がある。
すなわち、(1)、本件事故当日、学校当局は、翌日の運動会の準備ということで、通常は授業の行なわれない土曜日の午後に、児童を登校させているが、これは教育活動そのものとして行なつたものであること、(2)、本件事故は、右運動会の準備に使用したライン引きの石灰によつて発生したものであること、(3)、石灰は皮膚や眼を刺戟し、痛める性質のものであるから、これを用いるには通常人でも扱いを慎重にすべき危険物であること、したがつて、これを弁別能力のない児童に使用させれば、事故が発生することは十分予測されるところであるから、これを児童に使用させるようなことは極力避けるべきであるし、また、やむなく使用させるような場合には、事前に注意を与えるは勿論、使用の途中及び終了の時点まで監視し、児童が石灰を他に用いることのないように担任教諭等においてこれを見届ける義務があるところ、本件においては、一審被告光井、同野井らにおいて右注意義務を尽さず、漫然と児童に危険物である石灰を使用させ、その監視を怠つたために本件事故が発生したこと、(4)なお、本件事故が発生した当時は、まだ、運動会の準備作業は終了しておらず、万国旗のとりつけ作業はこの直前まで行なわれていたのであつて、もう少し長く児童に対する監督が行なわれていれば、本件事故は発生しなかつたこと、等の諸事実からすれば、本件事故は学校側の監督下において発生し、かつ、それは学校生活において、通常発生することが予想されるような性質のものであるというべきであるから、本件事故にいては学校側に責任がある。
(三) よつて、訴外山内雅行の担任教諭であつた一審被告光井と、同校長であつた一審被告野井は、本件事故によつて一審原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
二、本件事故によつて一審原告靖の蒙つた損害は、原判決五枚目裏三行目から八行目までに記載の外、次の通りである。
(1) 後遺障害による逸失利益金 三二八万円
一審原告靖は、本件事故当時満一一才四月であつたから、その平均余命は59.41年、稼働可能期間は四五年であるところ、本件事故当時の一八才の男子の年間平均収入は金三七万六七〇〇円(昭和四四年度賃金センサス参照)である。一方、一審原告靖は、本件事故による受傷のため左眼の視力が0.01となり、その点後遺症として残るところ、右後遺障害は、労働基準法施行規則別表第二の第八級の一号に該当し、また、その労働能力の喪失割合は、労働基準局長通達昭和三二年七月二日付基発五五一号労働能力喪失表によると、四五パーセントである。したがつて、一審原告靖は、四五年間に亘り、毎年少なくとも前記金三七万六七〇〇円の四五パーセントに相当する得べかりし利益を喪失したところ、年毎ホフマン方式により年五分の中間利息を控除してその現在価を計算すると、その額は金三二八万円となる。
(2) 慰藉料 金一六五万円
本件における諸事情を勘案すると、本件事故によつて一審原告靖の蒙つた精神的苦痛が慰藉さるべき金額は金一六五万円である。
三 よつて、一審原告靖は、当審で一部請求を拡張し、一審被告ら各自に対し、原判決五枚目裏三行目から八行目までに記載の損害と、前記(1)(2)の損害合計金五一八万七八二四円及びこれに対する本件事故後の昭和四六年五月三〇日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害の支払を求める。
(一審被告山内清の主張)
一、前記一審原告らの二、三の主張は争う。
二、一審被告山内清の長男雅行の投げた水練り石灰の塊が一審原告靖に当つたことはなく、したがつて、本件事故は、雅行の行為によつて起きたものではない。このことは、次の如き諸事情から明らかである。すなわち、(1)、本件事故発生直後、学校から一審被告山内方に電話があつた際、雅行が一審原告靖と喧嘩をして同一審原告の眼を傷つけたということであつたが、当日、雅行が一審原告靖と右の如く喧嘩をした事実はないこと、(2)、本件事故直後、一審原告靖の眼の縁についていたのは白い石灰であるところ、雅行の投げた石灰の塊には大半土が混つていて土色であつたから、右雅行の投げた石塊の当つた跡に、一審原告靖の眼の縁についていたような白い痕跡を残す筈はないこと、(3)、雅行は、一審原告靖が手洗場とポプラの木の中間位のところを通り過ぎた後に、ポプラの木に向つて石灰の塊を投げたのであるが、もし雅行の投げた石灰の塊が一審原告靖に当つたとすれば、同原告は、その場に立ちすくむか、或は、「痛い」という声を出す筈であるが、そのような事実は全くないこと、(4)、雅行の投げた石灰の塊が一審原告の眼に当つたことを現認しているものは誰もなく、却つて、右雅行の投げた右灰の塊はポプラの木に当つており、しかもそれは土色をしていたこと、(5)、一審原告靖がきた時、その両手に一杯水練りの石灰をつけており、かつ、目の横に白い石灰が着いていたから、一審原告靖自からが、自己の不注意で、手に着いていた石灰を眼に入れたということも充分考えられること、(6)、本件事故現場には、教職員は居合わせていなかつたが、その後教職員が、関係者を呼んで責任者を詮議している間に、事実に反し、石灰の塊を投げたことのある雅行の行為が原因で本件事故が発生したとされるようになつたと推認されること、等の諸事実に照らしてみれば、本件事故は雅行の行為によつて発生したものではないというべきである。
三、次に、仮りに、本件事故が雅行の行為によつて発生したとしても、本件事故は学校内において発生したのであるから、以下に述べる通り、その責任は、学級担任ないし学校長にあるのであつて、雅行の親権者である一審被告山内にはない。すなわち、
(一) 小学校の担任教論ないし学校長の監督義務は、親権者のように、当該児童の全生活関係に亘るものではないが、学校内における教育活動ないしこれに準ずる活動関係の全部に及ぶのである。しかして、児童がその監督下にあるときには、児童の不法行為が学校内の教育活動ないし準教育活動に随伴して発生する場合のあることを予測して、これを防止するために、万全の注意を払わなければならないのである。
(二) ところで、本件においては、学校当局が、本件事故の原因となつた運動会の準備作業として、児童に危険物である水練り石灰を取扱わせた点に、その責任があるといわなければならないのである。蓋し、水練り石灰は、農家の大人でも素手では扱わない危険物であるが、このようなものを、児童に取扱わせたこと自体が児童を監督する教諭としての注意義務を怠つているものというべきであつて、仮りに児童に対し、事前に、その取扱上の注意をし、或は、使用の指導をしたとしても、その作業に終始付添つて指導し、監視しているのではないから、児童は、たやすく教員の注意や配慮から逸脱した行動に出て、本件のような事故を起しかねないからである。
(三) 次に、本件においては、作業開始前に、係教諭が水練り石灰を素手で取扱わないように一応注意し、指導をしたかもしれないが、現実には、ライン引き係の一審原告靖も、水練り石灰を手でかきまぜ、両手に水練り石灰をつけていたし、他の児童等も手で水練り石灰を混ぜていて用務員から注意されたこともあるのであつて、右水練り石灰の取扱中における係教諭の注意・指導が充分になされていなかつたのである。
(四) なお、本件事故が仮りに運動会の準備作業が終了し、解散を宣した後に発生したものであるとしても、右準備作業に使用した物件の後始末は終了していないから、真の解散になつていないというべきであるし、また、本件の如く作業に使用した物件に基因する事故は、とかく教諭の指導下にある作業よりも、作業終了後に発生することが多いから、教諭としては、作業に使用した物件の後始末が終るまで、児童を監督すべき義務があるのに、本件では、右の監督義務を怠つたのである。
(五) 以上要するに、本件事故は、学校内における運動会の準備作業という教育活動中に発生したものであるところ、右作業の方法や指導督督については、その終了まで担任教諭の責任の下にあつたのにも拘らず、担任教諭においてその指導監督を充分に尽さなかつたために本件事故が発生したのである。
よつて、本件事故については、学級の担任教諭ないし学校長に責任があるのであつて、一審被告山内にはその責任はない。
四、次に、一審原告靖の逸失利益及び慰藉料額に関する主張は争う。
逸失利益の計算は、未経過事実の推認を基礎とするものであるところ、本件においては、一審原告靖につき、約五〇年間の長きに亘り、その生命、健康等に変動がないものとして、その稼働期間を推定するものであるが、右推定は、余りにも不確実不安定な仮定によつて算出されたものであるから、本件の如く対象者が年少者である場合には、右逸失利益の算定に当つては、通常の場合に比し、四五パーセントないし五〇パーセントの減殺をすべきである。
また、慰藉料についても、一審原告靖の主張額は高きに失する。すなわち、一審原告靖の後遺障害がその主張の如く労働基準法施行規則別表第二の第八級の一に該当するとしても、労働基準法は、労働能力を有する成年者を対象としているものであるから、この基準を、本件一審原告靖の如く、労働能力を有しない一一才の少年に適用することは妥当でない。したがつて、右慰藉料額についても、成年者の場合に比し、五〇パーセント程度は減額すべきである。
(一審被告野井良平、同光井俊治の主張)
一審原告らの当審における前記主張は争う。
小学校の学内で発生した児童間の事故であつても、その事故の発生が予想困難である場合には、学校側には責任がなく、親権者のみがその責任を負うべきである。なる程、小学校の児童は、知能及び弁別能力が未熟であるため、本件の如き事故発生の危険があることは否定し得ないけれども、担任教諭及び校長が学校内における児童の一切の行為につき責任を負ういわれはない。殊に本件においては、本件事故の加害者である雅行は、本件事故当日、石灰によるライン引きの作業には何等関与していなかつたものであつて、右作業終了後、同人が勝手に水練り石灰を拾い集め、これをもてあそんでいる際に、本件事故が発生したものであること、しかも右雅行は、運動会の準備作業終了後、解散を命ぜられて帰宅しようとした際に、水練り石灰を投げたために本件事故が発生したものであること等に照らして考えれば、本件事故は、一審被告光井、同野井の全く予想できない状況の下に発生したものであるばかりでなく、その監督義務を解かれた後に発生したものであるから、右一審被告両名には、本件事故につき何等の責任もない。(一審被告山内清の主張に対する一審原告らの答弁)
一審被告山内の前記主張二に記載の事実、及び、三のうち一審被告山内清に本件事故による責任がないとの点は、いずれも争う。
(証拠関係)<略>
理由
一(身分関係)
昭和四五年一〇月三日当時、一審原告靖が満一一才で、愛媛県八幡浜市立千丈小学校六年B組の児童であり、訴外山内雅行も右と同年令で、同校同学年A組の児童であつたこと、一審被告光井が右雅行の担任教諭であり、一審被告野井が同校校長であつたこと、一審原告出が一審原告靖の父であり、一審原告貞子が一審原告出の妻で一審原告靖の義理の母であること、一審被告山内が前記雅行の父であること、以上の事実については、いずれも当事者間に争いがない。
二(事故の発生)
昭和四五年一〇月三日午後三時頃、前記小学校々庭手洗場付近において、訴外山内雅行の投げた水練り石灰の塊が一審原告靖の左眼に当り、そのため同原告が左眼に角膜腐蝕、瞼球癒着の傷害を受けたことは、一審原告らと一審被告光井、同野井との間において争いがない。
次に、一審原告らと一審被告山内との間においても、以下に述べる通り、右と同様の事実を認めることができる。すなわち、<証拠>を綜合すると、次の如き事実が認められる。昭和四五月一〇月三日は、土曜日であつたけれども、千丈小学校では、同日午後から、教職員と六年生全員(A・B両組)によつて、翌日開催の運動会の準備を行うことになり、A組の男子児童と体育主任の菊池教諭及び同副主任の渡辺教諭を除くその余の男性教諭はテンと張りと抗打ち作業に、B組の男子児童と体育主任の菊池教諭及び同副主任の渡辺教諭はライン引き作業に、A・B両組の女子児童と女性教諭は運動場の石拾いや万国旗の飾り付け作業にそれぞれ従事し、右各作業は、同日午後三時過ぎ頃に終つたこと、一審原告靖は、B組であつたので、右同日、水練り石灰によるライン引きの作業に従事し、また、雅行は、A組であつたので、テント張り、抗打ちの作業に従事したこと、ところで、右雅行は、右各作業が終わつた後、運動場中央付近に引かれたラインの外に落ちていた水練り石灰の屑を拾い、それを手で塊りにしていたが、その後その塊の大部分を近くの屑箱に拾て、残りを小さく丸めて、運動場の北西隅にある手洗場の近くから、その近くの花壇に向つて投げ捨て、さらに、右手洗場の所で、右手に付着した水練り石灰を、ビー玉位の小さな塊にし、これを、同所から東方約六ないし七メートル離れた地点にあるポプラの木に目がけて投げたところ、偶々、折からスポーツシューズを通学靴に履きかえて帰宅するため、運動場から右手洗場近くの下足室に向つて、右ポプラの木付近を通りかかつた一審原告靖の左眼に、右雅行の投げた水練り石灰の塊が当り、その一部が眼の中に入つたこと、そこで、一審原告靖は、「痛い、痛い」といいながら、取敢えず直ちに手洗場に行つて左眼を洗い、雅行もこれを手伝つたが、左眼の痛みは止まらず、結局一審原告靖は、前記の如く雅行の投げた水練り石灰が左眼に入つたため、角膜腐蝕、瞼球癒着の傷害を受けるに至つたこと、次に、右事故後、雅行は、付近にいた同級生の増田真二らに対して、自己の投げた水練り石灰の塊が一審原告靖の眼に当つたことを認めていたこと、そして、学校側も、本件事故当時その付近にいたものの話等から、本件事故は、雅行の行為によるものと判断して、右同日、その父親の一審被告山内に本件事故のあつたことを電話で知らせたこと、なお、本件事故の翌日、雅行の担任教諭である一審被告光井が、右雅行や事故発生当時付近にいた雅行の同級生の増田真二や清家洋二らを六年A組の教室に呼んで事情を尋ねたところ、その際にも雅行は、一審被告光井に対し、水練り石灰の塊を投げたこと、及び、それが一審原告靖に当つたことを認めたし、他の者もこれを否定するようなことはいわなかつたこと、また、一審被告山内も、本件事故後暫くの間は、雅行の投げた水練り石灰が一審原告靖の眼に当つて本件事故が発生したことを否定するような態度に出なかつたばかりでなく、当初は一審原告靖の眼の治療費の一部を支払つたし、雅行及びその母山内トラ子も本件事故後病院に一審原告靖を見舞つて謝罪していること、以上の如き事実が認められ、右認定に反する<証拠>はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。なお、一審被告山内は、当審で種々の事情をあげ、雅行の投げた水練り石灰の塊りは、一審原告靖に当つたことはないと主張しているところ、当審証人山内雅行、同山内トラ子の各証言、当審における一審被告山内清本人尋問の結果中には、本件事故後、学校側から一審被告山内方になされた電話の内容が雅行と一審原告靖とが喧嘩して本件事故が発生したとのことであつたとか、雅行が投げた石灰はポプラの木に当つた痕跡が残つており、かつ、それは土色をしていて、一審原告靖の眼についていた白色の石灰とは色が著しく違つていたとか、或は、本件事故発生後も一審原告靖は、その両手に水練り石灰をつけていたとか、その諸事実を窺わせる趣旨の供述がある。しかし、右の如き諸事実は、当審で初めて主張されたもので、原審では全く主張されていないことは弁論の全趣旨から明らかであつて、かかる弁論の全趣旨に、前記冒頭に掲記の各証拠に照らして考えると、右諸事実の存在を窺わせる趣旨の当審証人山内雅行、同山内トラ子の各証言、当審における一審被告山内清本人尋問の結果は、いずれもたやすく信用できないものというべきであるし、また、一審被告山内の主張するその余の事情は、本件における全証拠によるも、これを認めることはできない。却つて、原審及び当審における一審原告大塚靖、一審被告光井俊治各本人尋問の結果によれば、学校側から一審被告山内方になされた電話の内容は同一審被告主張の如きものではなかつたことや、一審原告靖、本件事は故発生前に、既に手を洗つて石灰を洗い落としていたこと等が窺われる。してみれば、一審原告らと一審被告との間においても、雅行の投げた水練り石灰の塊りが一審原告靖の左眼に当つて本件事故が発生し、これよつて右同原告は、左眼に角膜腐蝕、瞼球癒着の傷害を受けたものというべきである。
三(一審被告らの責任の有無)
本件事故発生の原因である加害行為をなした雅行が、当時小学校六年生であつて、満一一才四月であつたことは、前記の通り、当事者間に争いがないから、雅行は、その行為の責任について弁識するに足る知能を備えていない責任無能力者であつたと認めるのが相当である。したがつて、雅行の行為によつて一審原告の蒙つた損害については、雅行にその賠償責任はなく、雅行の法定監督義務者ないしは代理監督者がその賠償責任を負うべきところ、一審被告山内が雅行の父親であつて、その親権者であり、一審被告光井は、当時雅行の在学していた小学校の担任教諭であり、同野井が同校々長であつたことはいずれも当事者間に争いがないから、一審被告山内は雅行の法定の監督義務者であり、一審被告光井、同野井は、一定の場合における右雅行の代理監督者たる立場にあつたものというべきである。
(一) 一審被告光井、同野井の責任について。
そこでまず、一審被告光井、同野井が、本件事故によつて一審原告靖の蒙つた損害を賠償する責任があるかについて判断する。
公立小学校の校長や児童の担任教諭が、学内において、一定場合に、児童な保護監督すべき義務を負担していることは、学校教育法等に照らし明らかであるが、右校長や担任教諭の監督義務は、学内における児童の全生活関係に亘るものではなく、学内における教育活動ないしこれに準ずる活動関係に関する児童の行動部分に限定さるべきであつてそれ以外の児童の生活行動については、その監督義務はないものというべく、このことは、一審原告ら主張の如く、小学校の児童の知能が未発達であるとか、保護者の意思を抑えて通学登校をさせているからといつて異るものではないと解するのが相当である。蓋し、親権者や後見人等の無能力者の法定監督義務者は、無能力者が家庭内にいると家庭外にいるとを問わず、原則としてその全生活開係において、法律上これを保護監督すべきであるから、その監督義務は、無能力者の生活の全部に亘るのであるが、小学校の校長や担任教諭については、その教育活動の効果を十分に発揮させる必要から、法定監督義務者の監督義務を一時的に排除し、或は、これに代つて、児童を指導監督し、かつ、これを保護する権利義務が与えられているのであるから、その監督義務は、右教育活動と関係のある児童の行動部分に限り、それ以外の教育活動と無関係な行為には及ばないと解すべきであるからである。しかして、民法七一四条に規定する無能力者の法定監督義務者の責任は、もともと、無能力者の加害行為に対する責任を、家族的生活協同体の代表者に負わせるのが相当であるとの理念に基づくものであるから、親権者・後見人等の法定監督義務者の責任は、無能力者の生活関係の全部に亘るけれども、小学校の校長や担任教論の責任は、前記の如き監督義務の範囲に限定されるものと解すべく、したがつて、小学校内における児童間の不法行為についても、そのすべてについて校長ないし担任教諭が負うべきではなく、校長ないし担任教諭の教育活動ないしこれに準ずる活動関係において発生した不法行為であつて、通常その発生が予想され得る性質のあるものについてのみその責任を負い、それ以外のものについては責任を負わないものと解するのが相当である。よつて、小学校の校長ないし担任教諭は、学校内における児童間の不法行為のすべてについて、責任を負うべきであるとの一審原告らの主張は失当である。
そこで次に、雅行の前記加害行為が一審被告光井、同野井の教育活動ないしはこれに準ずる生活関係に随伴して発生したものであつて、通常その発生が予想されるものであるか否かについて判断するに、<証拠>中には、雅行の本件加害行為は、一審被告光井、同野井の教育活動ないしはこれに準ずる活動関係に随伴して発生したとの事実を窺わせる趣旨の記載及び供述があるが、右記載内容及び供述は後記各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却つて、<証拠>を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、前記の通り、本件事故当日は土曜日であつたが、千丈小学校では、翌日開催の運動会の準備をするため、職員会議の決定により、教職員と六年生の児童全員が、同日午後からその準備作業をしたこと、そして、一審原告靖ら六年B組の男子児童は体育主任の菊池通教諭及び同副主任の渡辺喜和教諭の指導監督の下に、水練り石灰によるライン引きの作業に従事したのであるが、右作業開始前に、右菊池教諭が、六年B組の男子児童を運動場北西隅の手洗場付近に集め、同児童らに対し、石灰は人体に付着すると肌があれたりして危険であるから、素手で取り扱わないように注意を与えた上、バケツに石灰と水を入れ、これを竹の棒で掻き混ぜて水練り石灰を作るよう指示したこと、そして右児童らが右指示に従つて水練り石灰を作り、これを用いて菊池・渡辺両教諭らがラインを引いたこと、一万、雅行はA組であつたので、右ライン引きの作業には従事せず、一審被告光井らと共にテント張り、抗打ちの作業に従事したのであるが、同日午後三時頃に右作業が終つたので、右雅行は、その後運動場の中央付近に引かれたラインの外に落ちていた水練り石灰の屑を集め、これを塊にしていたところ、その頃、同日予定の各作業がすべて終り、六年生の児童全員に対し、職員室の前の正面玄関付近の校庭に集合するよう指示があつたので、雅行は、右自己の作つた水練り石灰の塊を、運動場北西隅の近くにある花壇の付近に置いて、右集合を命ぜられた場所に行つたこと、次に右集合した六年生の児童に対し、学年主任の稲田教諭から、翌日の運動会に対する種々の注意が与えられた後、六年生の児童各自に割り当てられていた運動会当日の各世話係(記録係、児童係、決勝審判係等)の徽章を受けとつて帰宅するよう指示されたので、各児童達は、各係別の担当教諭から徽章を受けとつて、それぞれ帰宅し始め、教職員も全員職員室に引き上げたこと、そこで、雅行も学校から帰宅することになつたのであるが、同人は、これに先立ち、さきに花壇の付近に置いた石灰の塊の大部分を近くの屑箱に捨て、その残りを、小さく丸めて、稍離れた地点から花壇の方に向つて投げたりして遊んだ後、さらに残りの水練り石灰を小さく丸めて、これを手洗場付近からポプラの木に向つて投げたところ、これが折から帰宅すべく運動場から下足室に向かつて歩いていた一審原告靖の左眼付近に当つて本件事故が発生したこと、なお、一審被告野井は、当日、校長として、全体の作業を見回つていた外、万国旗の飾り付け作業を手伝つていたこと、以上の如き事実が認められる。してみれば、六年生の児童各自が分担した運動会の各準備作業は、いずれも千丈小学校における教育活動の一部としてなされたものというべきであるけれども、雅行は、水練り石灰によるライン引きの作業には従事しておらなかつたばかりでなく、水練り石灰による本件加害行為は、右運動会の準備作業が終了し、学校当局から各児童に帰宅するよう命ぜられた後になされたものであつて、しかも、事柄の性質上通常その発生が予想される性質のものではないというべきであるから、右雅行の本件加害行為は、その担任教諭であつた一審被告光井、同じく校長であつた一審被告野井の教育活動ないしはこれに準ずる活動関係に随伴して発生したものとはいい難しく、かつ、通常その発生が予想される性質のものでもないから、一審被告光井、同野井には、右雅行の加害行為を防止すべき監督義務はなかつたものというべきである。してみれば、一審被告光井、同野井には、本件事故につき、雅行の代理監督者としての責任はないから、同一審被告らに対する一審原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、すべて失当である。
(二) 一審被告山内の責任について。
一審被告山内は、前記の通り、雅行の法定の監督義務者であるから、他に特段の事情の認められない本件においては、一審被告山内は、雅行の全生活についてその監督義務があり、同人のなしたすべての違法な加害行為に対し、その監督義務を怠らなかつたことを主張立証しない限り、その損害賠償責任があるところ、本件につき、一審被告山内は、右雅行に対する監督義務を怠らなかつた事実については何等の主張立証もしないから、雅行の本件加害行為によつて一審原告らの蒙つた損害を賠償する義務があるといわなければならない。
もつとも、一審被告山内は、雅行の本件加害行為による本件事故は、学校内で起きたものであつて、これに対する責任は、学級担任教諭ないしは学校長が負うべきであるから、一審被告山内には責任はないと主張しているところ、学校内で起きた児童間の不法行為については、学校側ないしは担任教諭等のみがその責任を負い、親権者はその責任を負わない場合もあり得るけれども、前記の通り、本件事故は、学校内における教育活動ないしはこれに準ずる活動関係に随伴して発生したものではなく、かつ、通常はその発生を予測し難いものであるから、一審被告光井、同野井ら学校関係者らには、その責任はないものというべきである。なお、一審被告山内は、学校当局が運動会の準備作業をするに当り、児童に危険な水練り石灰を取り扱わせたこと自体に責任があるとか、本件事故発生の時には、未だ作業に使用した物件の後始末が終つていなかつたから、担当教諭等学校側には当時雅行等児童に対する監督責任があつたと主張しているが、学校当局が雅行に水練り石灰を取り扱わせたことはなく、かつ、右水練り石灰による本件加害行為は、通常その発生が予想されるものでないことは、前段認定の事実から明らかであり、また、本件事故発生当時、作業に使用した物件の後始末が終つていなかつたとの事実を窺わせる<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。してみれば、本件事故については、学級担任教諭ないしは学校長にその責任があり、一審被告山内にはその責任がないとの一審被告山内の主張は失当である。
四(一審原告らの蒙つた損害)
(一) 一審原告靖の蒙つた損害
(1) 治療費 金一一万七三五一円
<証拠>によると、一審原告靖は、本件事故による受傷のため、愛媛県八幡浜市内の安武眼科で本件事故当日の昭和四五年一〇月三日から同月五日まで三日間治療を受けた後、同月六日から同年一二月一日まで 松山市内の松山赤十字病院に入院して治療を受け、さらに同月七日から昭和四六年三月一九日までの間に、前後八回に亘つて、右同病院に通院して治療を受けたこと、そして右赤十字病院に対する治療費として合計金一九万七四〇四円を要したが、その内金八万〇〇五三円は、一審被告山内が支払つたので、一審原告靖の方で支払つた治療費は金一一万七三五一円であつたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する原審における一審原告大塚出、同大塚貞子各本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(2) 入院雑費等(付添看護料を含む) 金五万七〇〇〇円
前記(1)の事実に、<証拠>によると、一審原告靖は、前記の如く、昭和四五年一〇月六日から同年一二月一日まで五七日間、松山赤十字病院に入院して治療を受けたが、その間、当時一審原告靖は一一才の少年であつて付添看護を必要としたこと、及び、一審原告靖の義母である一審原告貞子が、右一審原告靖の入院期間中その付添看護をしたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして他に特段の反証のない本件においては、右付添看護料を含む入院雑費は、一日金一〇〇〇円を下らないものと認めるのが相当である。
(3) 通院交通費 金三四二〇円
前記(1)に認定の事実に、<証拠>によれば、一審原告靖は、松山赤十字病院に入院及び通院するため八幡浜市と松山市間を少なくとも九回往復し、その交通費として少なくとも合計金三四二〇円を支出したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(4) 逸失利益 金二一九万〇九〇〇円
一審原告は、前記の通り、本件事故当時は満一一才の男子であつたから、各種統計によれば、その稼働可能期間は、満一八才から四五年間であることが認められるところ、労働省労働統計調査部編の昭和四五年賃金センサスによれば、当時における一八才の男子の年間平均収入は一審原告靖主張の金三七万六七〇〇円を下らなかつたことが認められるから、一審原告靖は、本件事故による受傷をしなければ、一八才から四五年間に亘り、年間少なくとも金三七万六七〇〇円を下らない収入を得られたものと推認される。ところが、<証拠>によれば一審原告靖は、本件事故のため左眼角膜腐蝕、瞼球癒着の傷害を受け、そのために左眼の視力が0.01に低下し、この視力は将来も回復する見込がなく、その点後遺症として残ることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして一眼の視力が0.01の後遺障害は、労働基準法施行規則別表第二の第八級に該当し、その労働能力の喪失割合は、昭和三二年七月二日付基発五五一号の労働省労働基準局長通達の労働能力喪失率表によれば、四五パーセントであることが認められる。しかし、一審原告は、本件事故当時満一一才の少年であつたから、通常の成人に比し、環境に対する順応性に富み、左眼の視力は0.01となつて、失明に近い状態になつたけれども、将来就職する場合の職業の選択如何によつては、左眼の不自由な点はある程度克服し得ることは、経験則上明らかであつて、現に、原審における一審原告大塚出本人尋問の結果によれば、一審原告靖の父親である一審原告出は、一審原告靖を、その左眼が失明に近い状態であつても、将来大して支障のない職業に就かせるよう心がけていることが認められるし、また、原審及び当審における一審原告大塚靖本人尋問の結果によれば、一審原告靖は、本件事故後、長時間の勉強をしなければならないときには、左眼の視力が0.01であることに多少の不便不自由を感じているけれども、それ以外の通常の日常生活は従前と大差なく送つており、現に、昭和四九年四月には、高校の普通科に進学していることが認められる。しかして、以上の諸事実からすれば、一審原告靖の左眼の視力が0.01となつたための労働能力の喪失割合は、三〇パーセントと認めるのが相当であるところ、右労働能力を三〇パーセント失つたことによる一審原告靖の前記稼働可能期間中の逸失利益の現在価額をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して計算すると、その額は、金二一九万〇九〇〇円となる。
(37万6700円×0.3×19.387
=219万0924円≒219万0900円
なお、一審被告山内は、本件のように、加害者が年少者である場合には、逸失利益の算定に当つては、通常の場合に比し、四五パーセントないし五〇パーセントに減額すべきであると主張するが、右主張のように解すべき根拠はないのみならず、本件では、一審原告靖の逸失利益を算定するに当つては、将来の収入の増額分等は考慮に入れず、控え目に算定したものであることは、前記認定の事実から明らかであるというべきであるから、一審被告山内の右主張は採用できない。
(5) 慰藉料 金一三〇万円
前記の如く、本件事故により、一審原告靖の左眼の視力は0.01となり、右視力は将来も回復する見込がなく、その点後遺症と残ること、一方、<証拠>によれば、右雅行は、故意に本件加害行為を行つたものではなく、本件事故は、全く偶発的なものであつて、加害者にとつても被害者にとつても極めて不幸不運なものであつたこと、一審原告靖は、本件事故後も右雅行をそれ程恨みには思つていなかつたことなどが認められること、その他本件事故発生の場所、その態様、本件事故による傷害の治療期間、一審原告靖及び雅行の年令等諸般の事情を綜合して考えると、一審原告靖は、本件事故による受傷のため多大の精神的苦痛を蒙つたが、その精神的苦痛が慰藉さるべき額は金一三〇万円と認めるのが相当である。
(二) 一審原告大塚出、同大塚貞子の損害
(1) 一審原告出の交通費 金六八四〇円
前記(一)の(1)(3)に認定の通り、一審原告靖は、松山赤十字病院に入院及び通院するため、八幡浜市と松山市間を少なくとも前後九回往復したことが認められ、また、原審における一審原告大塚出本人尋問の結果、及び、弁論の全趣旨によると、一審原告出及び同貞子の両名は、一審原告靖に付添つて同行し、その各交通費として各金六八四〇円を支出したことが認められるところ、一審原告靖は、当時一一才の少年であつたから、少なくとも、その父親で親権者である一審原告出は、一審原告靖に付添つて同行する必要があつたことは経験則上明らかであるが、右一審原告出の外に、さらに一審原告貞子も一審原告靖に付添つて同行する必要があつたとは認め難い。したがつて、一審原告出の支出した前記交通費は本件事故と相当因果関係があるが、一審原告貞子の支出した交通費は本件事故と相当因果関係はないから、一審原告貞子の右交通費の請求は失当である。
(1) 慰藉料について
一審原告出、同貞子は、一番原告靖の本件事故による受傷のため、実父として、また、義母として、多大の精神的苦痛を受けたと主張して、その慰藉料を請求しているところ、子が身体侵害を受けたに過ぎない場合であつても、右身体侵害による傷害が重大なもので、これにより父母が子の生命侵害の場合に比し著しく劣らない程の精神的苦痛を受けた場合には、父母は、固有の慰藉料を請求し得るが、一審原告靖が本件事故によつて受けた前記傷害の程度では、客観的にみて、一審原告出及び同貞子らが、一審原告靖の生命侵害に比して著しく劣らない精神的苦痛を受けたものとは認め難いから、一審原告出、同貞子の右慰藉料請求はすべて失当である。
(三) 損害の填補
一審原告靖方が、本件事故に関し、本件事故後の昭和四六年三月二五日、PTAから金一〇万円を、同月二七日、八幡浜市教育委員会から一〇万円を、それぞれ受けとつたことは、一審原告靖の自ら認めるところである。
五(結論)
してみると、一審原告靖の一審被告山内に対する本訴請求は、前記四の(一)の損害合計金三六六万八六七一円から前記四の(三)の計金二〇万円をさし引いた残額金三四六万八六七一円及びこれに対する本件事故後の昭和四六年五月三〇日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で正当であるが、その余は失当であり、また、一審原告出の一審被告山内に対する本訴請求は、前記四の(二)(1)の交通費金六八四〇円及びこれに対する本件事故後の昭和四六年五月三〇日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるが、その余は失当であり、一審原告貞子の一審被告山内に対する本訴請求及び一審原告らの一審被告光井、同野井に対する本訴請求はすべて失当である。
よつて、一審原告らの一審被告光井、同野井に対する本訴請求をすべて棄却し、一審原告靖、同出の一審被告山内に対する各本訴請求を原判決主文第一項記載の限度で認容し、一審原告出のその余を棄却し、一審原告貞子の一審被告山内に対する本訴請求の一部を棄却した原判決部分はすべて相当であるから、一審原告らの一審被告光井、同野井に対する本件各控訴、一審原告出、同貞子の一審被告山内に対する本件各控訴、一審被告山内の一審原告靖、同出に対する本件各控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却し、原判決主文第一項中一審原告貞子の一審被告山内に対する請求を一部認容した部分は不当であるから、これを取消して右一審原告貞子の一審被告山内に対する請求を棄却し、また、一審原告靖の付帯控訴に基づき、原判決主文第一項中、一審原告靖の一審被告山内に対する請求を認容した部分を、本判決主文第(三)項の通りに変更し、当審で拡張された一審原告靖の一審被告山内に対するその余の請求、及び、一審被告光井、同野井に対する各請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用につき民訴法九六条八九条九二条九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して主文の通り判決する。
(秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)